・歴史 京都

2011年4月19日 (火)

高台寺 夜間拝観 2010/11

しばらく画像アップのみが続きます。

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2010年5月10日 (月)

時の権力者に人生を翻弄された二人の女性とその母・妹

     嵯峨野・小倉山の山麓にひっそりと佇む「祇王寺」。

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祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり・・・・

あの「平家物語」の出だしです。当時(平安時代末期)の権力者である平清盛は、白拍子である祇王を寵愛していました。その上、その母 刀自、妹 祇女まで面倒を見ており、彼女らは何不自由なく優雅な生活を送っていました。

ある日、同じく白拍子の仏御前が自分の舞を見てもらいたいと、清盛邸を訪ねますが、「祇王に勝る白拍子などいるはずもない。」と門前払い。やさしい祇王は、これを見かねて清盛に引き合わせます。祇王を寵愛している清盛がこれを断るはずもありません。

ここからが悲劇の始まりです。

仏御前の舞を見た清盛は、彼女に一目ぼれ。なんと祇王に屋敷から出て行くように言います。

仏御前もそれは本意であるはずがありません。舞を見てもらいたかっただけだと、自分が帰ろうとするのですが、清盛は「お前がそう言うのは祇王がいるからだ。」と、最後は祇王を追い出してしまいます。

昨日までの寵愛もどこへやら、清盛の突然の心変わりに祇王は涙ながらに屋敷を出ます。

その後も清盛は、仏御前が退屈しているといって祇王を屋敷に呼びますが、祇王は断ろうとします。それを母 刀自がいさめ、清盛邸で舞うことになるのですが、ひと踊りのみで帰されてしまいます。

あまりの清盛の無慈悲さに、祇王は自害しようとするのですが、母の必死の説得で断念、仏門に入ります。このとき、母・妹も祇王と一緒に髪を剃り、母子三人で、ひっそりと小倉山の山麓の小さな庵(今の祇王寺)で暮らすようになります。

ある日、そこへ仏御前が訪ねてきます。

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「ただ舞を見てもらいたいだけだったのに、祇王様を追い出すことになってしまった。」すでに仏御前は剃髪していました。これを見た祇王は快く彼女を庵内に招きいれ、その後は4人で仏につかえ生涯を終えたということです。

嵐山 嵯峨野 祇王寺。。。。。いつ行ってもきれいな景色が望めます。でもその景色の中にこんな悲しい歴史を感じると、ますます引き込まれてしまいます。

2010年4月30日 (金)

みんな好き好き一休さん ~禅の心で自由に生きろ~

またまた、NHK 歴史秘話ヒストリアです。

一休宗純、大徳寺真珠庵、酬恩庵一休寺。。。。。。。。。ほんと、京都って話題の尽きない街ですね。一休さんのお墓のある酬恩寺はちょっと厳しいですが、大徳寺は他の塔頭も含め、今回の旅行でははずせなくなりました。

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この画像、誰かに似ていると思いませんか?

私はこれを見ると、最近引退したスピードスケートのあの方を思い出します。 

2010年4月18日 (日)

東山七条の朝

ホテルの朝食は、ザ・グリルで6時半から食べられます。

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ゴールデンウィークですので7時を過ぎると席がいっぱいになり、待たされるのではないかと思うのでスタートダッシュを心がけたいと思っています。画像の奥に見える窓の下は小さな石庭です。これも平安時代の遺構なのでしょうか。

ホテルで迎える朝は3回です。拝観料をお支払するところは8時とか9時にしか開きませんが、ホテル近場の方広寺(今はあの有名な鐘は撞かせてもらえなくなっているんですね。

若い頃に撞いておいて良かった)、豊国神社などは拝観自由ですので、夜明けとともに散策したいと思っています。鐘画像の右下に「国家安康」「君臣豊楽」の銘文が見えます。これに家康が難癖をつけ、大阪の役になり豊臣家は滅ぼされたのですね。

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                                    画像:ウィキペディアより

ホテル内の庭園などもゆっくり歩いてみたいです。家内・娘はたぶん寝ているでしょう。清水寺が6時から拝観できるのですが、往復すると朝食のピーク時間と完全に重なってしまうので断念です。

山口稲荷神社、新日吉神宮、豊国廟(太閤坦)あたりまでは大丈夫でしょうけれど、五輪塔までの565段は無理かと思われます。今後どんどん歳を重ねてゆくので今が最後のチャンスなのかもしれませんが。

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お猿様の阿吽像等はしっかり見てきたいと思います。

2010年4月17日 (土)

東山七条

お気に入りのハイアットリージェンシー京都、三十三間堂(蓮華王院)、七条通をはさんで京都国立博物館の一帯は平安時代末期、後白河法皇の本拠地「法住寺殿」があったところです。1183年に木曽義仲に焼き討ちされ大部分は消失しましたが、現在もホテル南側に小規模ですが、法住寺が存続しています。後白河法皇の陵墓「法住寺陵」もホテルのすぐ南側にあります。ホテル南東側の日本庭園は法皇ゆかりの庭園といわれています。

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と、書きましたが、ホテル・三十三間堂以外、行ったことがありません。ホテル内の日本庭園もザ・グリルから見える小さな石庭しか見たことがありません。現地取材・ネット・書物等を駆使して、どんどん探求していきたいと思います。(東山七条のカテゴリーを追加しました。)

2010年4月16日 (金)

女中は見た!!~本能寺の変・信長最後の3日間

昨日仕事を終えて午前様。(いつも私は午前様です。寄り道はしていませんよ!)

テレビをつけたらNHKで「歴史秘話ヒストリア」の再放送をやっていました。番組途中から見たのですが、本能寺とか大徳寺とか阿弥陀寺とか。。。。。

一日一アップのつもりでしたが、我慢できずに本日二つ目アップです。

5月の京都旅行で、この三寺は予定に入れていませんが、なぜか無性に訪ねたくなってしまうような悲しい、難しい人間模様を描いた番組でした。

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                                     紙本著色織田信長像
                                             作者: 狩野元秀
                                             天正11年[1583年]の作
                                             愛知県豊田市[挙母藩、旧挙母町] 長興寺[長興禅寺]蔵

あの信長が猛火の本能寺の中で、女中に「女はここで死ぬことはない。急いで逃げなさい。」と言ったこととか、住む場所もない、体が不自由な農民の仲間に反物を与え「これを売って、この者の家を作り、食物を与え、不自由なく生きてゆけるようにしてくれれば、私はうれしい。」と言ったこととか。私の心の中の「織田信長」のイメージが180度変わりました。

このブログも本物の京都マニアになるために、このような歴史・風俗等々を織り込んで、単なる「あそこ行きましたよ~。見てください。」的なものでなく、日々勉強してアップしていきたいと思います。

◆本能寺◆

所在地:京都市中京区寺町通御池下ル下本能寺前町  
法華宗本門流の大本山
山号:なし
本尊:十界大曼荼羅
開山:日隆聖人(にちりゅうせいじん)
中興の祖:日承上人

本能寺(ほんのうじ)は、寺町通アーケード通の一番北、京都市役所の向かいにある寺院
明智光秀が織田信長の恐政を断った「本能寺の変」の後に、現在の地に移転された

◆大徳寺◆

所在地:京都市北区紫野大徳寺町  
臨済宗大徳寺派の大本山
山号:龍宝山(りゅうほうざん)
本尊:釈迦如来
創建:大燈国師 宗峰妙超(しゅうほうみょうちょう)
俗称:大徳寺の茶面(ちゃづら)  

大徳寺(だいとくじ)は、京都でも有数の規模を有する禅宗寺院
歴代多くの名僧を輩出し、茶の湯文化とも縁が深く、「大徳寺の茶面(ちゃづら)」と称される
境内には別院2ヶ寺、塔頭22ヶ寺が立ち並ぶ
秋は紅葉の名所

◆阿弥陀寺◆

所在地:京都市上京区寺町今出川上ル鶴山町  
浄土宗鎮西派の寺院
山号:蓮台山(れんだいざん)
院号:総見院
本尊:阿弥陀如来
開山:玉誉清玉上人(せいぎょくしょうにん)
別称:信長公本廟所(のぶながこうほんびょう)・寺町阿弥陀寺(てらまちあみだじ)

阿弥陀寺(あみだじ)は、寺町通今出川を北へ500mほどのところの東側にある寺院
開山 玉誉清玉上人が、本能寺の変で自刃した織田信長、織田信忠父子の骨灰を密かに集め祀ったといわれる

フォト

2010/11に行ったところ

  • 方広寺(2回目) 東本願寺
  • 豊国神社(2回目) 耳塚
  • 三十三間堂(5回目)
  • トラットリアセッテ  智積院
  • 詩仙堂(2回目) 穂野出(2回目)
  • 曼殊院門跡 曼殊院天満宮
  • 修学院離宮入口  禅華院
  • 瑠璃光院  赤山禅院
  • 祗園たんと  花見小路(2回目)
  • 巽橋(2回目)   辰巳大明神
  • 金戒光明寺 平安神宮(2回目)
  • 法然院   真如堂
  • 霊鑑寺   安楽寺
  • 哲学の道  大豊神社
  • 永観堂  熊野若王子神社
  • 南禅寺三門(2回目) 南禅院
  • 青蓮院門跡(2回目)   圓徳院
  • 三嶋亭(3回目) 高台寺(2回目)
  • 大仙院   錦市場(2回目)
  • 高桐院   総見院  水路閣
  • 大慈院「泉仙」  瑞峰院
  • 京都御苑(2回目)   京都御所
  • 雲龍院  清水寺(4回目)
  • 今熊野観音寺  楊貴妃観音堂
  • 法音院      戒光寺
  • 東福寺(3回目)  泉涌寺
  • 伏見稲荷大社(2回目)

2010/5に行ったところ

  • 花見小路  巽橋
  • ねねの道(2回目) 石塀小路
  • 八坂神社(3回目)
  • 二条城(4回目) 東寺(2回目)
  • 本能寺(2回目) 新三浦(水だき)
  • 茶碗坂   八坂の塔
  • 産寧坂(2回目) 二年坂(2回目)
  • 天授庵  順正(湯豆腐)
  • 金地院   東照宮
  • 天龍寺(2回目)
  • 嵯峨野竹林(2回目)
  • 滝口寺(2回目) 二尊院(2回目)
  • 常寂光寺(2回目)  
  • 鳥居本    祇王寺(2回目)
  • あだし野念仏寺(2回目)  
  • 青蓮院門跡    高台寺
  • 南禅寺     月村(釜飯)  
  • 東福寺(2回目)  醍醐寺

2009/3に行ったところ

  • 寺町通
  • 先斗町
  • ねねの道
  • 三十三間堂(4回目)
  • 西源院
  • 円山公園
  • 八坂神社(2回目)
  • 三嶋亭(2回目)
  • 錦市場
  • 東福寺
  • 産寧坂
  • 二年坂
  • 清水寺(3回目)
  • 知恩院
  • 東山花灯路
  • 嵐山駅周辺(2回目)
  • 金閣寺(4回目)
  • 龍安寺(4回目)

20世紀に行ったところ

  • 三嶋亭     穂野出(雲母漬)
  • 大谷祖廟    広隆寺
  • 滝口寺     法輪寺(嵐山)
  • 渡月橋     京都御苑
  • 方広寺     地主神社
  • 勝林院     宝泉院
  • 二尊院     野宮神社
  • あだしの念仏寺
  • 祇王寺     常寂光寺
  • 天龍寺     八坂神社
  • 三十三間堂(3回)
  • 豊国神社    平等院
  • 清水寺(2回)  龍安寺(3回)
  • 詩仙堂     平安神宮
  • 寂光院(火災前)(3回)
  • 三千院(3回) 金閣寺(3回)
  • 西本願寺    本能寺
  • 二条城(3回) 東寺
  • 延暦寺東塔(京都じゃないけど)